REPORT

美術家・大山エンリコイサム氏の作品に見られる、スピーディーで躍動感のある描線の構造体。「クイックターン・ストラクチャー」と名付けられたモチーフは、NYのストリートなどで見られるエアロゾル・ライティング(註:エアロゾル・スプレーでかかれたグラフィティ)の視覚表現を再解釈することで生み出された。

大山氏は、2000年前後、高校生の時にストリートアートに関心を寄せ、創作をスタート。「ストリート文化が最初に流行した時代でした。周囲にはスケートボードやDJをやる友人もいて、私はもともと絵が好きだったので、他の人とは違うストリートアートをやりたいと思ったのがきっかけ」と振り返る。「ただ、やるうちに違和感も感じるようになりました。NYのエアロゾル・ライティングは、インナーシティ(都市の低所得者層が居住する地域)の子供たちが街中にかいた「名前」による自己表現がルーツ。社会的なバックグラウンドの異なる私が、そのまま彼・彼女らと同じことをやる必然性があるのかと疑問を抱きました。そこで、どうすれば自分の立場から新しい表現にシフトできるかを探るようになりました」。その結果生まれたのが「クイックターン・ストラクチャー」だという。「“名前”を通した自己表現であるライティングから文字を取り除き、そこから得られる線を単位に抽象的なかたちを再構築していく――そうした実践のなかで、「クイックターン・ストラクチャー」というモチーフが少しずつ確立されました」

美術家・大山エンリコイサム氏の作品に見られる、スピーディーで躍動感のある描線の構造体。「クイックターン・ストラクチャー」と名付けられたモチーフは、NYのストリートなどで見られるエアロゾル・ライティング(註:エアロゾル・スプレーでかかれたグラフィティ)の視覚表現を再解釈することで生み出された。

大山氏は、2000年前後、高校生の時にストリートアートに関心を寄せ、創作をスタート。「ストリート文化が最初に流行した時代でした。周囲にはスケートボードやDJをやる友人もいて、私はもともと絵が好きだったので、他の人とは違うストリートアートをやりたいと思ったのがきっかけ」と振り返る。「ただ、やるうちに違和感も感じるようになりました。NYのエアロゾル・ライティングは、インナーシティ(都市の低所得者層が居住する地域)の子供たちが街中にかいた「名前」による自己表現がルーツ。社会的なバックグラウンドの異なる私が、そのまま彼・彼女らと同じことをやる必然性があるのかと疑問を抱きました。そこで、どうすれば自分の立場から新しい表現にシフトできるかを探るようになりました」。その結果生まれたのが「クイックターン・ストラクチャー」だという。「“名前”を通した自己表現であるライティングから文字を取り除き、そこから得られる線を単位に抽象的なかたちを再構築していく――そうした実践のなかで、「クイックターン・ストラクチャー」というモチーフが少しずつ確立されました」

大山氏は2011年のNY滞在以降、ブルックリンに制作拠点を置く。エアロゾル・ライティングという文化の歴史やオーセンティシティを調査し、創作にフィードバックしてきた。とくに彼が表現者として影響されたのは1970〜80年代のNY。それはエアロゾル・ライティングの全盛期であり、大山氏によると「ジミ・ヘンドリックスがエレキギターの表現の可能性を広げたように、エアロゾル・スプレーが可能にするさまざまな表現をライターたちが発明した時代」である。技法的なヴァリエーションの豊富さに加え、地下鉄の車体にライティングすることで作品を都市全域に循環させるアプローチもこの時代に生まれた。「フューチュラ2000の作品など、この時代のライティングにはエアロゾル・スプレーの飛沫で星空のようなドットをかいたり、SF的な想像力が見え隠れするのも特徴です。また戦後のNYで画家たちが取り組んだ抽象絵画の文脈とも親和性がある。こうした要素は複雑に絡み合い、NYという都市のDNA、感性をかたちづくっています。それを現代の視点で解釈し、現代美術の領域で表現することは、近年私が考えていることのひとつです」
大山氏は2011年のNY滞在以降、ブルックリンに制作拠点を置く。エアロゾル・ライティングという文化の歴史やオーセンティシティを調査し、創作にフィードバックしてきた。とくに彼が表現者として影響されたのは1970〜80年代のNY。それはエアロゾル・ライティングの全盛期であり、大山氏によると「ジミ・ヘンドリックスがエレキギターの表現の可能性を広げたように、エアロゾル・スプレーが可能にするさまざまな表現をライターたちが発明した時代」である。技法的なヴァリエーションの豊富さに加え、地下鉄の車体にライティングすることで作品を都市全域に循環させるアプローチもこの時代に生まれた。「フューチュラ2000の作品など、この時代のライティングにはエアロゾル・スプレーの飛沫で星空のようなドットをかいたり、SF的な想像力が見え隠れするのも特徴です。また戦後のNYで画家たちが取り組んだ抽象絵画の文脈とも親和性がある。こうした要素は複雑に絡み合い、NYという都市のDNA、感性をかたちづくっています。それを現代の視点で解釈し、現代美術の領域で表現することは、近年私が考えていることのひとつです」
今回の個展「SPECULA(スペキュラ)』で発表する18点の新作を、大山氏は初めて完全にデジタルなプロセスで制作した。同時にそれは「クイックターン・ストラクチャー」を別の次元に開く新しい試みでもある。生み出されたヴィジュアルは、過去作品の画像が素材となっている。「過去に作った「クイックターン・ストラクチャー」の画像を反転したり、重ね合わせたり――そういう操作を繰り返し、万華鏡のように増殖させながらイメージを広げて、新しい作品として再構成しています」。もとの「クイックターン・ストラクチャー」は分解され、最終的なヴィジュアルではほぼ知覚できない状態にある。「これまでの作品と地続きでありつつ、同時にまったく新しいシリーズです」

インスタレーションも高く評価される大山氏だが、今回はあえて絵画的とも言えるオーセンティックな展示方法を選択。作品を額装し、壁面にシンプルに並べた。「リコーアートギャラリーの空間は円形で、すでに特徴がある。それ以上は空間をいじらず、鑑賞者の意識が作品やStareReap2.5の技術によりフォーカスできるようにしたかった」。
大山氏が考えるStareReap2.5の魅力はなにか。それを念頭に作品を見るとより深い鑑賞体験が得られるかもしれない。「まずは2.5次元性。StareReap2.5は、2次元の平面と3次元の立体、つまりイメージと物質のはざまに広がる両義的な空間そのものを複製する技術だと捉えました。絵画でも立体的に盛り上げる技法はありますが、StareReap2.5はそこまで複製できる。それは絵画の原理的な問題にアクセスすることかもしれません」
今回の個展「SPECULA(スペキュラ)』で発表する18点の新作を、大山氏は初めて完全にデジタルなプロセスで制作した。同時にそれは「クイックターン・ストラクチャー」を別の次元に開く新しい試みでもある。生み出されたヴィジュアルは、過去作品の画像が素材となっている。「過去に作った「クイックターン・ストラクチャー」の画像を反転したり、重ね合わせたり――そういう操作を繰り返し、万華鏡のように増殖させながらイメージを広げて、新しい作品として再構成しています」。もとの「クイックターン・ストラクチャー」は分解され、最終的なヴィジュアルではほぼ知覚できない状態にある。「これまでの作品と地続きでありつつ、同時にまったく新しいシリーズです」

インスタレーションも高く評価される大山氏だが、今回はあえて絵画的とも言えるオーセンティックな展示方法を選択。作品を額装し、壁面にシンプルに並べた。「リコーアートギャラリーの空間は円形で、すでに特徴がある。それ以上は空間をいじらず、鑑賞者の意識が作品やStareReap2.5の技術によりフォーカスできるようにしたかった」。
大山氏が考えるStareReap2.5の魅力はなにか。それを念頭に作品を見るとより深い鑑賞体験が得られるかもしれない。「まずは2.5次元性。StareReap2.5は、2次元の平面と3次元の立体、つまりイメージと物質のはざまに広がる両義的な空間そのものを複製する技術だと捉えました。絵画でも立体的に盛り上げる技法はありますが、StareReap2.5はそこまで複製できる。それは絵画の原理的な問題にアクセスすることかもしれません」
東京のスタジオにて、試作を確認する大山氏。現在はNYブルックリンと東京に拠点があり、複数のローカリティのなかで制作することについても関心を寄せる。
東京のスタジオにて、試作を確認する大山氏。現在はNYブルックリンと東京に拠点があり、複数のローカリティのなかで制作することについても関心を寄せる。
大山エンリコイサム
1983年、東京都生まれ。2007年、慶應義塾大学環境情報学部卒業、2009年、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。エアロゾル・ライティングのヴィジュアルを再解釈したモチーフ「クイックターン・ストラクチャー」を起点にメディアを横断する表現を展開。著書に『アゲインスト・リテラシー―グラフィティ文化論』(LIXIL出版)、『ストリートアートの素顔―ニューヨーク・ライティング文化』(青土社)、『ストリートの美術―トゥオンブリからバンクシーまで』(講談社選書メチエ)、『エアロゾルの意味論―ポストパンデミックの思想と芸術 粉川哲夫との対話』(青土社)がある。
https://www.enricoisamuoyama.net
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大山エンリコイサム
1983年、東京都生まれ。2007年、慶應義塾大学環境情報学部卒業、2009年、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。エアロゾル・ライティングのヴィジュアルを再解釈したモチーフ「クイックターン・ストラクチャー」を起点にメディアを横断する表現を展開。著書に『アゲインスト・リテラシー―グラフィティ文化論』(LIXIL出版)、『ストリートアートの素顔―ニューヨーク・ライティング文化』(青土社)、『ストリートの美術―トゥオンブリからバンクシーまで』(講談社選書メチエ)、『エアロゾルの意味論―ポストパンデミックの思想と芸術 粉川哲夫との対話』(青土社)がある。
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